三十八社大明神・水分神社 於与岐町 弥仙山登山口 綾部の文化財 なべちゃんのHP試作箱へ | ||||
水分神社の由来 水分神社 所在地 於與岐町宮ノ口二ノ一番地 (別名 三十八社大明神) 通称 三十八社籠神社 ・祭神 天ノ水分大神 国ノ水分大神 伊佐那岐命 伊佐那美命 御子神 ・祭礼 五月八日 (現在は五月三日) ・本殿 七、五坪 社務所 十二坪 ・由緒 別名を三十八社大明神と唱え、八社さんで通っているが、(本殿は別棟)子授けの神として名が高いこの祭神は「子供を三十八人出産して育て、食物については苦労があったけれど何とか日は送れたが、衣服には困り果てた」と嘆いたそうで、これに同情する女の人々が小さな玩具のような子供の衣服を作って献納するとその子の生長を守護してくださるとの伝説がある。又子供が欲しいと望む人がその神供えの衣服を拝借して身辺に付けていると子供を授かるといわれ借りた衣服にお礼の一枚を添えてお礼参りをするので衣服が益々増え三十八社本殿に何千と下がっていたという。 *天之水分神(アメノミクマリノカミ)は天からの雨水の神。 *国之水分神(クニノミクマリノカミ)は地から湧き出す水の神。 水分は流水の分配を司るとの意味で、水分(ミクマリ)は後に(ミコモリ)と転じて子守の神としてもしんじられている。 ・・・珍しいことに気が付きました。この神社にある狛犬の右側の犬は前足の間に子犬を抱えています。この形式は上林の室尾谷神社にも見られます。これには子守の意味が含まれているのではと考えられます。 於成神社の由来 於成神社 所在地 小字オナル 89ノ1 ・祭神 彦火々出見命 ・祭礼 五月三日 ・本殿(内陣) 0、6坪 桧材 神明造 ・神仮殿 欅材(7、5坪) ・由緒 弥仙山の中腹にある於成神社は俗称蔵王権現が鎮座するため霊山は女人禁制と言い伝えられて昭和初年まで女の人は水分神社までしか行けないのが慣例であった。老人や子供の足弱では麓の宮を拝殿代わりにし弥仙山の祭りにも参拝客の半数がこの所までで帰るので大正時代は「奥の宮祭り」と称して水分神社の祭りが別に秋賑やかに行われた。 頂上に祭祀する金峰神社と中腹に祭祀する於成神社は、山麓に祭祀する。 水分神社とした形式は奈良県吉野連峰の山上岳を縮図したものである。この資料は、郷土史 東八田 (昭和63年)による 以上の資料提供:吉崎孝典氏(綾部の文化財を守る会会員) 神衣の由来 水分神社 別名を三十八社大明神と唱え、子授けの神として名高い。 この祭神は「子供を38人出産して育て、食物については苦労はあったけれど何とか日を送れたが、衣服に困り果てた」と嘆いたそうで、これに同情する世の人々が小さな玩具のような子供の衣服を作って献納すると、その子の生長を守護して下さるとの伝説がある。 又、子供を欲しいと望む人が、その神供えの衣服を拝借して身辺につけていると、子宝を授かると云われ、借りた衣服にお礼の一枚を添えて、お礼参りをするようになったと伝えられる。 奉納 平成14年6月吉日 吉崎文夫 謹書 |
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改心の道案内図 | 丹波富士・弥仙山 | 改鑿林道記念 | 宮谷から鳥居へ | |
エノキ 幹周3.4m 樹高18m | 本殿の鳥居と石段 | 三十八社水分神社・額 | 手洗いと常夜灯 | |
三十八社大明神水分神社本殿 | 神衣収納社 | 神衣由来記 | 本殿の欄間彫り物 | |
本殿の欄間の彫り物 | ||||
阿吽の彫り物柱飾り 本殿両袖の彫り板 行者? 風神? | ||||
前足に子犬を抱えた狛犬 | 御嶽大神 | 大峯山三宝院御直○ | 弥仙山遙拝所 |