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なべちゃんの散歩道
Blog
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2008/10/31のBlog
[ 07:28 ] [ 文化財を訪ねて ]
能勢妙見山本殿
側にも小さなお堂があり参拝
2008/10/30のBlog
[ 21:29 ] [ 文化財を訪ねて ]
能勢妙見山本殿
元禄5年の記録では当初は小規模なものとされています。慶長10年能勢頼次公による最初の改築後、天明7年能勢頼直公の本願、明治28年の再興により現在に至ります。北辰妙見大菩薩が安置されています。
参拝する同行の方々
[ 16:52 ] [ 文化財を訪ねて ]
能勢妙見山境内
能勢妙見山境内
[ 08:04 ] [ 文化財を訪ねて ]
参道を上り詰めると狭い平地になり山門がある
日蓮上人銅像
[ 08:03 ] [ 文化財を訪ねて ]
降る雨の中を傘を差して参道を登る
2008/10/29のBlog
[ 21:04 ] [ 文化財を訪ねて ]
参道わきに沢山ある神馬像
参道わきに沢山ある神馬像
[ 19:23 ] [ 文化財を訪ねて ]
能勢妙見山開基 能勢頼次公の銅像
縁起
日蓮宗関西随一の霊場として広く知られる能勢妙見山。旧領主能勢家の鼻祖鎖守府将軍源満仲公(清和天皇の御子経基王の嫡子)が家鎮として、鎮宅霊符神をまつられたことにはじまるとされています。
二十三代頼次公は深く寂照院日乾上人に帰依し、法華経を信仰。慶長の頃、領内の寺檀を改宗させ、日乾上人の勧請によって妙見大菩薩として当山にまつり、今日に至っています。明治維新の勝海舟も、棋士坂田三吉もこの山を心の依りどころとしていました。学問、五穀豊饒、心願成就を願う参詣の人々は今日も絶えません。
[ 07:46 ] [ 文化財を訪ねて ]
綾部市観光協会、綾部大本協賛会の一行45名と大本亀岡天恩郷参拝の後、ガレリア亀岡で昼食をとり、雨が降り出す中を能勢妙見山にやってきた。
以前、この亀岡からの能勢越えの道は、大阪出張の時に通る通い慣れたルートであったが、時には冬場の雪道の場合もあり、結構厳しいカーブのある峠越えであった。大阪直通の国道173号線の陸橋やトンネルが完成し、ほぼ開通してからは全く通らない道になってしまい、数十年ぶりの懐かしい道の風景を楽しんだ。
能勢妙見山の地図
2008/10/28のBlog
[ 14:14 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
昭和34年度の学卒で富山に就職し、その年の12月に創刊された早川書房のS-Fマガジン。創刊号は買いそびれたが、第2号から富山市総曲輪の瀬川書店で入手、その後は定期購読をして溜まりに貯まった雑誌である。当時は単行本も少なく、SFファンにとっていち早く海外の一流作家の作品が読める魅力、表紙や挿絵の斬新さなど楽しさ一杯の雑誌であった。
富山時代だけでなく綾部に戻ってからも定期購読を続けていた雑誌である。
SFマガジン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「SFマガジン」は、早川書房が発行しているサイエンス・フィクション専門の月刊誌。毎月25日発売。1959年(昭和34年)12月、アメリカ合衆国のSFとファンタジーの専門誌『F&SF』誌と提携して創刊された。初代編集長として福島正実を迎え、日本SFの黄金時代を演出した。創刊号では、ロバート・シェクリイ『危険の報酬』、フィリップ・K・ディック『探検隊帰る』、アイザック・アシモフ『やがて明ける夜』、アーサー・C・クラーク『太陽系最後の日』、レイ・ブラッドベリ『七年に一度の夏』等を掲載している。
ハードSFなど狭義のSFの他、ファンタジーや奇想小説・奇妙な味の作品も積極的に掲載している。
本棚に並べたままのSFマガジン。プレハブの納戸にも紐でくくり沢山収容している。創刊第2号は多分その中にあるのだが、積み込んであるので取り出しは困難。
[ 11:07 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
[関連したBlog]
SF・ファンタジイ・児童文学中心の文庫専門オンライン古書店:うさぎ堂のホームページを見ていたら、以前読んだ本で続編が出版されれば、読みたい本がかなりあるのを思い出した。更にしまい込んだままの文庫本の整理を思い立った。最近は古い文庫本の再版ブームもあると聞く。うっかりすると持っている本をまた買うことも再々おきている。
 先週の水曜日の亀岡大本天恩郷行きは、午後の「能勢妙見山参拝」から雨になり、夜のテニス練習も雨で流れた。日曜日は運動不足解消をと考えていたがまた雨天で、段ボール箱入りの文庫本、本棚の文庫本を引っ張り出し座敷に広げた。
著作者名順に先ず「あかさたな・・・」と本を寄せ、次に「あいうえお・・」と再分類、そして「うぁ、うぃ、うぇ、うぉ・・」と再分類した。中々の面倒である。SF、FT,NV、NFなどのジャンル分類も行う。早川書房は記号で分類されているが、他の文庫はジャンルが分からないので内容でわける。
「あかさたな・・」順に分類した本を一度、角に寄せる。
古書店・うさぎ堂から送ってきた本はカバーもつき、古書とはいえ殆ど出版されたままの綺麗な本であったが、私の文庫本は邪魔なので先ずカバーを外してしまう。食事中に読むことが多いので、ページも汚れ放題。とても人に差し上げられるような状態ではない。たまに綺麗なままの本があれば、いわゆる「積ん読」になったものである。外したカバーで捨てずに残ったものを元の文庫本に合わせるのも一仕事。大部分のカバーは捨てて見つからない。
ともかく大仕事になった。ぎっしりと詰まった文庫本を段ボール箱から取り出し、手に持って「あかさたな・・」と配って周り、今度は座って「あいうえお・・」順に再分類し同名の著作者を寄せる。それを一度角に片付ける。再度立って「あ行」の本を取り出し「あいうえお・・」順に分けて置き、また座って「ふぁ、ふぃ、ふぇ、ふぉ・・」と分類・・・。あまりの数の多さに右の脇下が痛くなった。運動不足解消のつもりが雨で文庫本の整理で筋肉痛!。お笑い草である♪
今日で3日目になるが、まだ片付いていない。
こんな初期の細長方形の早川文庫本もある。
火星の砂」「金星応答なし」「自由未来」・・・
[ 10:30 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
この夏、お見舞いのメロンを「京都大丸店」で購入するついでに、家内のリクエストで数ブロック先の「ジュンク堂」へ行った。描画の参考書が欲しかったようだが見つからなかった由。待つ時間つぶしに「早川文庫」コーナーで、この本を見つけ買った。
先日暇つぶしに読み、続編があるようなので地元の本屋に行き、NETで書名を確かめてもらい注文した。返事が来て古い出版なので絶版になり在庫なしであった。
それならばとインターネット検索で探すと数件の扱いが見つかった。一件は二冊纏めての販売であり、続編だけ買えて安価な「古書うさぎ堂」に注文した。軽いので郵送料を安くする発送通知が来て週明けに本が到着した。代金支払いは郵便局の時間外だったが、自動支払機で振込料不要であった。
ホームページ「SF・ファンタジイ・児童文学中心の文庫専門オンライン古書店:古書うさぎ堂」があり、図書紹介ページを総覧して、読みたい本を追加注文した。
[ 09:38 ] [ 文化財を訪ねて ]
大本会館前で記念写真
再びバス二台に乗り、ガレリア亀岡に向かい出発し昼食をとる。午後は雨の中を「能勢妙見山」を参拝した
[ 08:04 ] [ 文化財を訪ねて ]
教主:大本教主は、神定によって二大教祖の道統を継承する女性と定められています。歴代教主は、二代教主・出ロすみこ、三代教主・出口直日、三代教主補・出口日出麿、四代教主・出口聖子です。現在の大本教主は、五代教主・出口紅です。昭和31年、亀岡で出生。平成13年、教主に就任しました。現在教団では教主の指導のもと、「近未来への目標」をかかげ、神の示された理想世界の実現に向かって歩を進めています。
 当記事の説明は、いただいたパンフレット「魂の故郷「大本」亀岡・天恩郷」より引用しています。
月の輪台などに上る鳥居?
[ 08:00 ] [ 文化財を訪ねて ]
教祖:大本は、開祖・出口なお、聖師・出口王仁三郎を二大教祖と仰いでいます。
開祖・出口なお(1837~1918)天保7年、京都府福知山市に出生。20歳の時、綾部の出口家に養女に明治25年、57歳の時に帰神(霊感)状態に。開祖は、常に衣食を節して世の乏しい人々に思いをよせ、世の大難を小難に、小難を無難にと、一身をささげて神の世の実現と人類の平安を祈りつづけました。
聖師・出口王仁三郎(1871~1948)明治4年、京都府亀岡市曽我部町穴太に出生。明治31年、26歳の時、神の使者に導かれて郷里の霊山・高熊山で霊的修業を行い、救世の大使命を自覚。その後、神示をうけて綾部の大本開祖を訪ね、開祖の娘・すみこ(後の二代教主)と結婚して出口家入り。大本の基礎を築きました。

 当記事の説明は、いただいたパンフレット「魂の故郷「大本」亀岡・天恩郷」より引用しています。
2008/10/27のBlog
[ 13:35 ] [ 文化財を訪ねて ]
朝陽館:昭和31年に完成しました。教主公館として神務がとられる舘です。神殿には大本皇大神とともに教御祖の神霊がまつられています。玄関前の庭には、中国から贈られた泰山竹があります。
参拝者一同揃って大本祝詞を奉じる。
大本亀岡・東京本部長のご挨拶、綾部大本協賛会長:吉田登氏の挨拶。
お抹茶の接待をうける。
[ 09:05 ] [ 文化財を訪ねて ]
聖地一天恩郷は、亀山城(明智光秀公の居城)のあった場所にあります。聖師・出口王仁三郎は大正8年、荒れ果ててかえりみる人もなかった城跡を買い取り、「大本」の聖地を建設しました。大正9年には、神教宣布のため大道場を開設。神苑の整備も本格化し、この地を「天恩郷」と命名しました。
 昭和10年の第二次大本事件で神苑の建物はすべて破壊されましたが、聖師の世界平和への情熱は挫折することなく、全国信徒の真心を結集して再建に着手しました。
 自然のたたずまいを生かし、天上の霊国(浄土)を地上に移写する聖地となっています。

 石垣の中は、大本の聖地{禁足地}になっており、「月宮宝座」の聖壇が設けられている。また写真の右端奧にちらりと見える「大公孫樹」は、樹齢400年の神木(明智光秀の手植えと伝えられ)、亀岡城跡のシンボルとなっています。
2008/10/26のBlog
[ 22:13 ] [ 文化財を訪ねて ]
閑静な木立の中を歩く
大本 宗教法人「大本」は、明治25年に開教しました。梅松苑(京都府綾部市)と、天恩郷(京都府亀岡市)を二大聖地とし、大宇宙の創造主神・大本皇大神をまつる教団です。「人類愛善」「万教同根」のみ教えのもと、「世の立替え立直し」により人々に生きるよろこびと力を与え、地上に対立のない平安と栄えの聖代「みろくの世」を築くために、活動しています。
 当記事の説明は、いただいたパンフレット「魂の故郷「大本」亀岡・天恩郷」より引用しています。
巨大な樹木も多い
[ 09:37 ] [ 文化財を訪ねて ]
綾部市観光協会綾部大本協賛会の募集で10月22日(水)に45名の参加で亀岡の天恩郷を訪れた。9時に綾部大本松香館前をバス2台に分乗して出発。大本協賛会(綾部市全自治会参加組織)の役員ということで自治会長さんが多い。
 万祥殿は、昭和33年に建設された天思郷の中心の神殿で、大宇宙の創造主神・大本皇大神がまつられています。神殿、拝殿(240畳)、事務所の三棟からなっています。
 殿内には能舞台があり、神殿にならんで茶席「万祥軒」があります。芸術と宗教の一致を説く大本の教風をいかした代表的な建物です。また、来客をもてなす客殿と能舞台・茶室のある「春陽閣」とも渡り廊下でつながっています

 当記事の説明は、いただいたパンフレット「魂の故郷「大本」亀岡・天恩郷」より引用しています。
参拝者一同揃って、四拍の柏手を打って参拝
2008/10/24のBlog
一日間のアクセス件数が毎日1千件を越える中、総アクセス件数90万件を達成しました。
 「継続は力なり」 拙い我流のブログに対し、皆様からのご愛顧を心から感謝、御礼申し上げます。 また[ 総Blog数:3799件 ]でした。
 年内の総アクセス数:100万件の大台達成は、残された日数が68日間なので、ほぼ無理な気配です。
 なお相互友好ブックマーク数は「223件」で、このところ増加と減少が僅かありましたが、差し引き変わらない状態です。Doblogのブックマークは、極めて低迷状態にあると思います。
2008/10/22のBlog
[ 19:05 ] [ 綾部の古木名木100選 ]
大本みろく殿の正面広場に立つ神木である。魂の故郷「大本」綾部・梅松苑のパンフレットによると、「樹齢約150年と推定され、高さ約18メートル。開祖が「たくさんの神々がおられる」と話された神木。第二次大本弾圧による神苑破壊が進む中、当時の綾部町民の声によって伐採を免れ、今日に至っています。」とある。
綾部の古木・名木100選 No.7 エノキ(ニレ科)幹周:3.27m 樹高:28m
みろく殿を背景に撮影
みろく殿(祖霊社):第2次大本弾圧事件で取り壊されたみろく殿を、出口すみ二代教主の発意により、現在の場所に再建。戦後の物資不足の折でしたが、全国信徒の赤誠により、789畳敷きの神殿が昭和28年に完成しました。 中央に大神さまをまつり、向かって左側には、信徒の祖先をはじめ万国の無縁のみたまをまつる祖霊社があります。 平成4年に長生殿が完成するまでは、梅松苑の中心の神殿として、節分大祭をはじめ、大祭や梅松苑月次祭が執り行われていました。
◆みろく殿での祭典◆
◇春季祖霊大祭(5月)◇秋期祖霊大祭(5月)
◇祖霊月次祭(5月、11月を除く毎月15日)
◇祖霊社例祭(毎日午後1時から)
[ 08:15 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
5チームの相互対戦が全て終了して閉会表彰式。優勝~5位まで全チームに賞品が用意されている。私も缶ビール4本を貰ってかえる。
[ 08:14 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
[ 08:14 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
テニス祭り参加選手ダブルス対戦プレー
[ 08:13 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
当たった賞品の交換風景も。私もテニス・スコートが当たりその場で女性陣にプレゼント
[ 08:13 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
賞品を見せ合い楽しむ選手たち
[ 08:12 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
子ども連れのお母さんも子どもがくじを引いて嬉しそう
[ 08:10 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
楽しそうに抽選の賞品を引き替える選手たち
もらった賞品を見せ合う
[ 08:10 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
大きな箱に入った賞品が当たった
[ 08:09 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
くじを引いた人から当たった番号の賞品を受け取っていく
世話をする綾部市テニス協会の役員たち
[ 08:08 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
第三試合が終わったところでお昼となり抽選会が行われた。用意された番号くじを列をつくり引いていく。
用意された賞品。一等は上等のテニスバッグなど。空くじなしの品数がそろえてある。
抽選会で用意された賞品。全てテニス・グッズ