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2008/06/20のBlog
2008/06/19のBlog
2008/06/18のBlog
[ 08:31 ] [ 花だより・紅葉だより ]
ゲートでボランティアの丁寧な歓迎を受け、広い公園を展示館へ歩く。
珍しい代表的な色とりどりのアジサイを集めた展示がされていた。
クレナイヤマアジ、レディーミズキ、伊予てまり、ホワイトワン、宵の星、カシワバなどの名前が付いている。
珍しい代表的な色とりどりのアジサイを集めた展示がされていた。
クレナイヤマアジ、レディーミズキ、伊予てまり、ホワイトワン、宵の星、カシワバなどの名前が付いている。
2008/06/17のBlog
[ 09:30 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 09:22 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 07:43 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 06:35 ] [ 花だより・紅葉だより ]
2008/06/16のBlog
[ 19:36 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 15:13 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 12:55 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 10:21 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 08:58 ] [ 花だより・紅葉だより ]
2008/06/15のBlog
[ 16:27 ] [ 山と峠と三角点 ]
[関連したBlog]
先日志賀郷の方々と一緒に行く予定が梅雨のため延期になった「蛇ケ池と巨大杉」探訪の記事が、この「舞鶴の守りたい自然~自然環境データブック~」に載っていると友人から教えてもらい、綾部市図書館へのリクエストとなりました。
奧城屋「蛇ケ池」跡の大杉
胸高周囲:3.8m
場所:揚松明で知られる雨引神社奧の山中の人目につかない谷
常緑高木
昔は高野、女布、野村寺地区より城屋地区を通って、丹波峠(登尾峠)を越える街道があったと思われます。
蛇ケ池にはその昔大蛇が棲み、旅人や山道を行きかう人を襲いました。森脇庄左衛門宗波の娘が隣村へ嫁ぎ、女布の実家へ里帰りの途中、大蛇に呑まれ一命を落としました。事の仔細を聞いた宗波は大蛇を退治し、その頭を雨引神社に祀り、「揚松明」となって伝えられています。また、自然石でつくられた道標には「右たんば左山みち」、その下に城屋・野村寺・油里・女布と思われる文字(文政三辰正月行者八十八)があり、綾部と舞鶴を結ぶ尾根越えの道があったのでしょう。
先日志賀郷の方々と一緒に行く予定が梅雨のため延期になった「蛇ケ池と巨大杉」探訪の記事が、この「舞鶴の守りたい自然~自然環境データブック~」に載っていると友人から教えてもらい、綾部市図書館へのリクエストとなりました。
奧城屋「蛇ケ池」跡の大杉
胸高周囲:3.8m
場所:揚松明で知られる雨引神社奧の山中の人目につかない谷
常緑高木
昔は高野、女布、野村寺地区より城屋地区を通って、丹波峠(登尾峠)を越える街道があったと思われます。
蛇ケ池にはその昔大蛇が棲み、旅人や山道を行きかう人を襲いました。森脇庄左衛門宗波の娘が隣村へ嫁ぎ、女布の実家へ里帰りの途中、大蛇に呑まれ一命を落としました。事の仔細を聞いた宗波は大蛇を退治し、その頭を雨引神社に祀り、「揚松明」となって伝えられています。また、自然石でつくられた道標には「右たんば左山みち」、その下に城屋・野村寺・油里・女布と思われる文字(文政三辰正月行者八十八)があり、綾部と舞鶴を結ぶ尾根越えの道があったのでしょう。
[ 16:08 ] [ 山と峠と三角点 ]
[関連したBlog]
先に紹介した「鮎毛バリ釣り大全 ドブ釣りの総てが分かる 日本毛バリ釣り団体協議会会長:澤渡 要氏著」とともに、綾部市図書館にリクエストしていた「舞鶴の守りたい自然~自然環境データブック~
企画・編集:舞鶴市・データブック作成スタッフ
発行:舞鶴市市民環境部環境対策室生活環境課」
が入ったので借りてきた。
図書館ネットで調べられ「舞鶴東図書館」にあるとのことで取り寄せかと思っていたが、綾部市図書館蔵書のシールが貼られているので購入されたようだ?
景観・地形・地質編、植物編、動物編、特定外来生物、別刷り添付で景観・地形・地質・植物マップまで揃った、実に素晴らしい驚異的な内容だ。舞鶴在住の友人も知らなかった地形や植物があると云っておられる。
先に紹介した「鮎毛バリ釣り大全 ドブ釣りの総てが分かる 日本毛バリ釣り団体協議会会長:澤渡 要氏著」とともに、綾部市図書館にリクエストしていた「舞鶴の守りたい自然~自然環境データブック~
企画・編集:舞鶴市・データブック作成スタッフ
発行:舞鶴市市民環境部環境対策室生活環境課」
が入ったので借りてきた。
図書館ネットで調べられ「舞鶴東図書館」にあるとのことで取り寄せかと思っていたが、綾部市図書館蔵書のシールが貼られているので購入されたようだ?
景観・地形・地質編、植物編、動物編、特定外来生物、別刷り添付で景観・地形・地質・植物マップまで揃った、実に素晴らしい驚異的な内容だ。舞鶴在住の友人も知らなかった地形や植物があると云っておられる。
[ 15:01 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 06:41 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 06:40 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 06:39 ] [ 花だより・紅葉だより ]
2008/06/14のBlog
[ 14:59 ] [ 花だより・紅葉だより ]
[ 11:36 ] [ あやべの文化財 ]
頂上に建つ金比羅神社
頂上は広い空き地になっており、明日の駐車場になるのか裸地に整地されていた。
細い山道が回って上がっている。しかしやっと車が上れる程度の地道。擦れ違いは不可能に思える。またホタル祭り会場への道がない。
頂上は広い空き地になっており、明日の駐車場になるのか裸地に整地されていた。
細い山道が回って上がっている。しかしやっと車が上れる程度の地道。擦れ違いは不可能に思える。またホタル祭り会場への道がない。
[ 11:19 ] [ あやべの文化財 ]
[ 10:55 ] [ あやべの文化財 ]
若狭に抜ける上林街道:府道1号線、上林小学校前の地点で東に入り、上林川をわたり古城山に登る道がある。
上林川の手前にある「観光センター」。「ホタル祭り」の資料はここで入手した。ここの駐車場に車を止めて山まで歩く予定。
上林川の手前にある「観光センター」。「ホタル祭り」の資料はここで入手した。ここの駐車場に車を止めて山まで歩く予定。
[ 10:23 ] [ 花だより・紅葉だより ]
2008/06/13のBlog
[ 21:57 ] [ あやべの文化財 ]
[ 21:48 ] [ あやべの文化財 ]
上林城跡
上林城は戦国時代の土豪 上林下総守の居城であったところで、慶長六年(1691)からは藤懸永勝が陣屋をおきました。藤懸(ふじかけ)氏は、これから明治廃藩(1869年)まで上林地区を中心に何鹿郡内22ケ村を支配しました。
陣屋下には、小さい城下町ができ、上林川には大手橋が架けられました。
今日自然休養村事業の実施にともない、昭和53~55年にかけて中世山城遺跡として全面調査を行いました。その結果、建物遺跡や石垣、掘などと土師質の皿、陶磁器、石製品、金属製品が数多く出土しました。
これらにより中世山城のようすや当時の暮らしぶりをしのぶことができます。遺構の大部分は埋めもどされましたが、出土品の一部は、管理センターに展示してあります。
私たちは、文化財を大切にし、永く後世に伝えるように努めましょう。
昭和56年4月 綾部市教育委員会
写真:上林川から古城山を見る
農耕信仰の神奈備山となぞらえる考察もある三角形の山、近くに井根などの地名も多い
上林城は戦国時代の土豪 上林下総守の居城であったところで、慶長六年(1691)からは藤懸永勝が陣屋をおきました。藤懸(ふじかけ)氏は、これから明治廃藩(1869年)まで上林地区を中心に何鹿郡内22ケ村を支配しました。
陣屋下には、小さい城下町ができ、上林川には大手橋が架けられました。
今日自然休養村事業の実施にともない、昭和53~55年にかけて中世山城遺跡として全面調査を行いました。その結果、建物遺跡や石垣、掘などと土師質の皿、陶磁器、石製品、金属製品が数多く出土しました。
これらにより中世山城のようすや当時の暮らしぶりをしのぶことができます。遺構の大部分は埋めもどされましたが、出土品の一部は、管理センターに展示してあります。
私たちは、文化財を大切にし、永く後世に伝えるように努めましょう。
昭和56年4月 綾部市教育委員会
写真:上林川から古城山を見る
農耕信仰の神奈備山となぞらえる考察もある三角形の山、近くに井根などの地名も多い
[ 21:39 ] [ あやべの文化財 ]