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なべちゃんの散歩道
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2004/12/28のBlog
[ 19:20 ] [ あやべの文化財 ]
上林街道を十倉交差点で右折して武吉町に向かい、上林川を渡ったところで通りがかりの人に尋ねると、すぐ先のところで右折して橋を渡れと言うことであった。
その地点に玉泉寺の方向指示版があり、川を渡るとまた指示版があり楽に見つかった。山の登山口を見つけるのたは大違いである。
写真を撮りながら石段を上がり、境内に大日堂があったので、中を覗くと綾部市指定文化財の大日如来座像が祀られていた。
http://www.ayaco.net/bunka/bunkazai/annai/gyokusen/gyokusem.htm
2004/12/27のBlog
[ 11:47 ] [ あやべの街 ]
綾部MLで、町井且昌さまからの「ギャラリ-通信」で紹介があり、同じく綾部の文化財を守る会の四方續夫さまから、同級生との紹介があった、西原在住の野崎義典さんの作品展に行ってきた。アスパBホ-ル27日まで。
少年を描かれた新作「春の丘」、味方平の「雪の日」、重厚な上林川の秋を描かれた、十倉鞍岩下流の「山峡の秋」が素晴らしかった。
野崎画伯に昨日行った武吉の玉泉寺のあたりかとお尋ねすると、山家城趾の先にある橋上の上流だということであった。
2004/12/26のBlog
[ 19:19 ] [ 山と峠と三角点 ]
雨上がりのガスが晴れ上がって、君王山林道の光明寺分岐点から弥仙山が見えました。振り返ると美山町境の上林の山並は、もう雪がついて白い。
改心の道遊歩でもらった上林温泉の入浴券で温泉に浸かってから帰りました。
HP「綾部の文化財」写真撮りに上林徘徊。玉泉寺、神牟奈備神社、宝蔵寺、上林禅寺、金剛寺、坂尾呂神社、光明寺と回りました。
2004/12/25のBlog
[ 21:01 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
いつもの散歩道は、気の向くまま足の向くままあちこち歩くので、このブログを見ている人には東西南北の関係位置が分からないと思う。
この水のない砂防ダムは、波多野記念碑の上(南)登山口から少し入った水飲み場から続く谷の延長にあり、記念碑の東隣になる。
山の神の池:砂防ダムの下になり、堰堤から水漏れするのか水が抜いてある。子供が遊ぶと危険なので有刺鉄線で垣がされている。ところが支柱がぐらぐらで押すと倒れるので怖い。年に一度の消防訓練でここで放水をしていたが、出来なくなり、消化器とバケツリレ-の訓練になっている。
昔は魚を釣ったり、菱の実が採れるので子供の結構な遊び場で、自分もこの池か、下の西崎の池で蛙釣りなどをしてよく遊んだものだ。
蛙釣り:ひもに赤い布をつけて、蛙が飛びつくのをつり上げる遊び。
2004/12/24のBlog
[ 20:04 ] [ あやべの文化財 ]
クリスマスに神輿ではあるまいが、広小路の片山様から預かった写真、綾部八幡宮の秋祭り、今年と昨年の2年分から選んでHPに仕上げた。年末の元気づけに「わっしょい」
http://www.ayaco.net/bunka/bunkazai/annai/a8mikosi/mikosi.html
2004/12/23のBlog
[ 14:34 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
綾部八幡宮にHPコピ-を届けに行ったが、誰も見かけられず留守であった。初詣を迎える大きな注連縄飾りが、社務所一杯に準備されているのが窓越しに見えた。
神宮寺町内は公共下水路工事の2期目で通行止めになっており、写真は玄功寺参道を人の背丈ほども掘っている工事現場である。
 綾部中が各所で工事中で、昨日も神宮寺公会堂前を東進して本町に出られず。狭い月見町を更に東進しても出られず、南に下り田町に出てやっと本町通りへ。
更に東進して市役所前も北行きが工事中なので東進し、JRをわたり少し西進して北に行き、2つ目のJRをわたり、やっとアスパ前の広い通りに出られた。
まるで行き当たりばったりの迷路状態である。東西南北が分からない人だと、まず市街地脱出は難しいと思える。
2004/12/22のBlog
[ 18:52 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
昨日の千手院の野焼きが、散歩道16。隣の波多野記念碑は並んだ2つの公園の間に寺山への登山口に通じる道がついている。
突き当たりに小さく見える立て札から山道になる。
この立て札が「いにししが出没しています注意ください」の表示板。山道は小さな谷川の上にあり、少し行くと水飲み場に出て谷をわたる。水飲み場には沢蟹がいる。
2004/12/21のBlog
[ 10:30 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
このところ連日のように、紫の煙が立ちのぼっている。千手院の住職さまが、広い境内を掃除され、枝についた葉を小さな機械でしごかれ、堆肥と護摩供養のほだ木に分けられ、残りの残滓を野焼きされている。おひとりでされており大変なお仕事で、御苦労様である。
いつも手を止めて綾部の文化財の話などを聞いていただく。先日舞鶴の池内下で聞いた猪が蝮と蟹が大好物だそうで、そこらを掘り返していた。隣の波多野記念碑の寺山登山口に「いのしし出没注意」の立て札があると言うと、煙の裏の斜面にも猪の掘った痕があると言われた。みみずを探して食べるそうである。
いのしし出没は話だけと思っていたのでびっくりした。早速家で年末に孫が帰るやいなや蟹捕りにはしるので注意の連絡をするように言っておいた。夕暮れの暗闇で猪と鉢合わせしたら大変だ。
2004/12/20のBlog
家内が作ってくれている今年の年賀状印刷が一段落したので、PM-4000PXインクジェットプリンターをリコール修理に出した。
今春の京都での研修旅行の記念写真作成では、インク詰まりなどで、再々にわたりクリーンアップしながらの印刷を行い、200枚に対し220枚刷って、1割の不良を出した。今秋の丹後一周研修旅行では、これに懲りて写真店に依頼した。
 今回も調子が悪く、最新のドライバーをITで探していて、このプリンターは製造開始以後の不良で、初期に製造の製品は、リコール修理の対象品であることが判明した。
 12月16日(木)正午に宅急便が取りに来た。コードなど付属品を全部外して渡せとのことで、手際よく持参の段ボール箱に詰めて帰られた。長野県松本の修理工場着17日、即日修理で発送、18日(土)夕方着荷。実に早い!感心!:ドア・ツー・ドア便。電話した営業連絡では、一週間程度との話であった。
2004/12/19のBlog
HP「綾部の文化財」で、作成法伝授中の四方事務局長の技術向上を待って、フレ-ム・ペ-ジに改造しようと考えていた。綾部のコミュニケ-ションの活性化を願うグル-プの「ayaco.net」から、HPサ-バ-の無償提供があり、年会費千円の予算なしの会としてはありがたい話なので、四方事務局長のサイトから移転した。
 その時の情報で、「フレ-ム・ペ-ジ」「新しいペ-ジを開く」は、検索ロボットなどに良くないと言うことであった。
 実際左ペ-ジのコンテンツの管理もなおざりに近くなり、またモニタ-画面一杯のペ-ジづくりが主で、2分するフレ-ムの必要も殆どなく、←で前画面に戻す方に統合した方が、右上の×(閉じる)と混在させ、うっかりHPから出てしまうことなどもあり、不都合さを実感していた。また掲示板やML投稿などで、該当ペ-ジのリンクを多用しているので、ペ-ジにTOPペ-ジへのリンクは必ず必要なので、その意味でもフレ-ム・ペ-ジにしている意味がなかった。
 今回、私のHPづくり総合ペ-ジの「なべちゃんのHP試作箱」も、「フレ-ム・ペ-ジ」「新しいペ-ジを開く」の全廃の方向で組み替え中である。
2004/12/18のBlog
Fujitsuのノ-ト・パソコンをHPのプロジェクタ-投影のため購入し、その編集のため多忙で、インタ-ネットに未接続で使用していた。
ところがプレインスト-ルのノ-トンというセキュリティソフトが、あと何日かで更新期限切れだと表示された。こんなのありって感じで、ITに接続した。
まずウィルスセキュリティのアップデ-ト、次にWindowsXPのアップデ-ト、FMVの最新プログラムの照合(なし)、パソコンのユ-ザ-登録、AZBYへの入会と進めた。
ところが、インタ-ネットケ-ブルを抜くと、日本語変換のATOK言語バ-の主要部が消えているではないか!ケ-ブルを入れれば正常、抜けばなしの状態。
人名や歴史用語など単語登録もし、ATOKの方が賢く、昔から使っているので、一時的にはMicrosoftのIMEも使うが、どうも頼りがない。ノ-トなのでITケ-ブルのない所で、また抜いて使う方が多い。
Fujitsu(AZBY)に質問の投稿をした。返事は全てチェックすみのIMEの切り替え方法だのアイコンの表示方法だのを指示してきた。こちらから送った内容(切り替えたこと、一太郎では動くこと・・を全く読んでいないような的はずれの返事が続いている。
どうも原因は、タスクバ-の右端に時刻表示、次に問題の言語バ-アイコン、そしてFujitsuのアップデ-タナビ・アイコンが入り・・。このFujitsuのアイコンがはじき飛ばしているようだ。
プレインスト-ル・ソフト以外のことは知りませんと返事があった。トラブルの原因が、一連のユ-ザ-登録(プログラム化)にあるのは明白なケ-スなのに、責任を認めようとはしない。FMVとATOKの相性の悪い事例は知っていたが、ここまで悪いとは予想外であった。
結局起動ログをいじって、接続のタイミングをづらし解決させた。完全ではなく、確立25%程度はリセットの必要ありの状況。
一太郎の2005発売が2月なので、購入して対処せざるを得ないかも。現在Ver10なので更新時期ではある。
2004/12/17のBlog
[ 20:28 ] [ あやべの文化財 ]
序:やうやう時分に罷成り候 こよみを見候え 此言葉元来味方村斎宮の禰宜申筈に候え共 近年人替候に付 兵衛勤之 半左衛門兵衛 申言葉 三社八幡宮廣前にて こよみ押廣見候えば けふも子あすも子 根へ入葉へ入野をいそげ ~とござる。兵衛申言葉 誠に吉日なり野をいそげと有なれば苗代を見てござれ 半左衛門 鍬を取て苗代を見に行 半左衛門の言葉 是は水沢山成事 さらば苗代をうとふぞ 一鍬打ってひきおこし見候えば 古酒のかざが ほんがり ~~また一鍬うち ひきおこし候えば ほしきひのかざが ほんがり ~~さつふり~~右のくわかたげて座・・・後略
兵衛申 よふ鳥がたかります 鳥おふてござつたらよかろふ さてとりおふあいに此布をひとゆうし成りとめされよといふて ささらをわたす 半左衛門
申様 鳥おふたり布をつむひたりは そうおふした事じゃと言 さらばひとゆうしつむがふと言内に 鳥が即たかる ほうほうほう子持鳥のくせとしてしわつけない はてさて ほうほう ぶいんぶいんぶいん 是は布つむぐなり ほうほうとりおう也 中々糸つらもよし 嫁子ななかせながらに・・・ 後略
鐙会員の取材感想記
 寛政八年(1797)二百七年前に福林家の先祖様が写された書をコピーしていただきました。文字の読み書きが出来る人が少なかった時代に、口伝えで覚え演じて語り継がれたと想像すると、古式ゆかしい儀式には計り知れない努力と苦労が偲ばれ、敬服いたします。
2004/12/16のBlog
[ 20:55 ] [ あやべの文化財 ]
この春に行われた綾部八幡宮のお田植え式の写真を、氏子の木下和美氏から提供いただいたのでHPに編集した。
http://www.ayabun.net/bunkazai/annai/otaue/otaue.html
写真:終わりに行われる「傘鉾のねり込み」
2004/12/15のBlog
[ 21:45 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の文化財を守る会の鐙、片山両会員が綾部八幡宮の氏子でしたので、
未収録の立て札、摂社などの詳細収録をお願いしました。
 レポーターとして、鐙会員の記事、片山会員の写真、さらに神社関係者に照会され、
片山様ご主人(古文書読みの大家、パソコン、インターネットもされる)のご協力で、
奈島宮司さまなどから資料を得ていただき、立て札の薄れて読めない年号や文字の照合をしていただきました。お陰様で充実した内容のHPに仕上がりました。お楽しみください。
http://www.ayaco.net/bunka/bunkazai/annai/ayabe8/ayabe8.htm
 また、お田植え式の写真を木下和美氏から借り、奈島宮司さまからは式の台本も寄せていただき、現在編集中です。
http://www.ayaco.net/bunka/bunkazai/annai/otaue/otaue.html秋祭り御輿風景(広小路)も片山会員の提供で編集中。初詣(宵宮)風景も取材をお願いしました。

 インターネットをする人と、しない人。HPを作る人と、見る人と、機会のない人の壁を
破ることが本当の情報革命です。「HPはみんなで創るものです」
 会報の場合、年2回の発刊で投稿を依頼された方の受動的情報発信です。ITでは、
技術の壁がありますが、常時性、随意性、能動的、相互対話性の情報発信が出来ます。費用も手間だけで印刷費不要です。広報性も会報よりも大です。
会報とメール、ML、HPなどのITのメリットを重複併用できる利点もあります。
「文化財」と「人とのふれあい」を目標に「綾部の文化財」を編集していますが、
座して待っていたのでは、ネットの拡大はありません。
 今回のリポーター起用は、文化財や自然を愛される会員様自身の実践活動でもあり、
写真1枚、手書きのコメント(写真説明)1行でも、「あなたの町の神社、お寺、お地蔵
さん、お祭り・・」を投稿してください、の願いを叶えていただく企画となりました。

上林、志賀郷など市内各地にリポーターが波及できれば、素晴らしい文化財を守る、
綾部のふるさと自然を愛する活動だと思われませんか。ご協力をお待ちします。
2004/12/14のBlog
[ 21:27 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
波田野記念碑
四つ尾山をすぐ後ろにして、長い参道の突き当たりの砂利敷きの広場3段の更に最上部に建てられている。この広場は日当たりが良く、親子連れも多く見られる。
2004/12/13のBlog
今日は午後1時半から綾部の文化財を守る会の四方事務局長宅でHPづくりの勉強会をした。デジカメの写真を直接・間接にリサイズ、トリミング、明るさ調整をして、メ-ル添付、写真掲示板投稿の方法を伝授した。ついでに「綾部の文化財」のURLが変更になったので、Ftpサ-バ-の設定変更をしてきた。
これまでのURL:http://www.geocities.jp/pbdmk569/
新しいURL:http://www.ayaco.net/bunka/
2004/12/12のBlog
百万ボルト福知山店が拡張オ-プンの開店セ-ル、土日の2日間だけに行った。
友人を誘い駐車場がないので、行列をして駐車できた。超満員だった。
この間ITで使ったプロジェクター、スポ-ツ指導者研修会で使われていた機械と同じ物がないか物色したが、プロジェクターそのものの有り場所が、店の拡張で変わっており不明で、数人の店員に尋ね探し当てたが、液晶テレビの上で実際に投影中のものしかなく、家庭用であった。
2004/12/11のBlog
[ 21:49 ] [ 山野草・滝(ふじもと様投稿) ]
[関連したBlog]
篠山の音羽山で狂い咲きの「ヒカゲノツツジ」
私も先日「つつじ」「あじさい」「さくら」の狂い咲きを写真に撮りました。
今年は植物も季節感が狂っているのでしょうか。
きれいに紅葉の「イワウチワ」
加悦町で話題のスンガハラの滝
どんな話題かは訊ねてみます。
先般のJA志賀郷に展示されていた、最後の忠臣蔵の話題、
寺坂吉衛門が志賀郷の西方から市原峠を越えて豊岡の
大石内蔵助の妻「りく」の元へ知らせを届けた話は、
綾部MLにも流したところ、RES多数で、大反響がありました。
丁度12月の話題に合っていたのかも・・。
2004/12/10のBlog
[ 21:29 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
今夜は例年の(財)綾部市体育協会の納会があった。
各単位協会に動員要請があり、テニス協会からも梅垣理事、山崎評議員など体協に派遣しているので出席義務があり、塩尻理事長などと出席した。立食式で各種目の協会役員の他、市長、議長、教育長、校長、学校体育委員長、公民館長などとも意見交換出来る良い機会だ。
今年の四都市体育大会の当市の成績は、まあまあであったが、府民総体の成績は、昨年四位から今年は、ぐんと後退するとの事であった。
2004/12/09のBlog
[ 19:19 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の文化財を守る会の鐙・片山両会員に綾部八幡宮のレポ-タ-をお願いし、掲示板の文章や写真の収録、参拝者や神社関係者からのルポをお願いしました。
収録していただいた聖岩の写真と由来記です。順次整理してHPに編集します。

聖岩由来記
この霊岩は、元岩神さんと親しみ申し、石凝姫命に神宿り給い、祖先のもろもろの願いを懸け祈りを籠めたものであります。
 この度、山麓一帯を整理するに当たり、牧野工業株式会社の好意により、ここに移転し参った次第であります。お社は、先年地元宮代町並びに篤信者の手により境内に遷座申し上げております。
 口碑によれば、八幡宮山麓一帯は湖で、元の岩神さん辺りは船着場であり、四境寂寥として付近の田園には、鳥獣虫蛇が跳梁跋扈し、この被害は後を絶たず、神明の力に頼らなければ誰も安心して農耕に勤しむことが出来なかった。
 村人達は船着場の巨岩に四厄退散の願いを立てて、斎戒沐浴し連日連夜祈祷し続けたのであります。満願の日、天暗く、四尾山は鳴動し、鳥獣鳴き騒ぎ、村人また恐怖に震え戦く時、雷鳴一発轟き、一瞬大音響と共に巨岩は裂けて、男岩と女岩の二体となり、石凝姫命が出現され神鎮まり給い、立ちどころに鳥獣虫蛇の害を絶やされ、村人は安心して子孫の計を立てることが出来たと謂われる。
 以来岩神は、蝮除け害虫封じの神として崇められ、広く農耕庶民の信仰するところとなったのであります。
 中世以後、岩神さんの石にて頭を打ち、お砂を噛むと頭癌、歯痛に霊験があると伝承され、また赤ん坊の頭が早く固まり強い歯が生えますように、美しい小石を供え、子供が心身ともに堅固に育つように祈る風習も伝えた。
 岩神のお祭りは子供の祭りとして、旧6月15日の祭日には婦女子の参詣で賑わったとか、また岩神さんは女神であらせられ、何時の頃か縁結びの神と崇敬され、近郷の若衆や娘衆の逢引の場となり、岩の下から湧き出る清水に水鏡を映して、恋の成否を占ったと言われ、この泉は後年枯渇して清水石に取り替えられたが、御縁がありますようにと一文銭5枚を水引で結んで投じたと伝わる。この手洗石は昔の清水石であります。多くの男女が水鏡を映して結ばれたことを偲び微笑ましく思われます。
 男岩女岩に 七五三縄はれば 母の字になる 聖岩
2004/12/08のBlog
[関連したBlog]
NHKテレビ金曜時代劇(最後の忠臣蔵)の主人公。アサヒテレビ月曜日(忠臣蔵)にも登場の人物。
赤穂浪士討ち入り後、ひとり江戸を離れ、ひそかに志賀郷の仁和を通り、西方に入り、市原峠を越え、
由良川を渡り、普甲峠を越えて加悦に入り、出石街道を通って豊岡の「りく」(大石内蔵助妻)の元へ急いだ。
舞鶴市の安田重晴氏、杉本喜美氏などの調査で判明。
安田重晴著 まひづる出版 まひづる田辺 道しるべより
寺坂吉右衛門は元禄15年(1702)12月、赤穂浪士の吉良邸討入りのとき
鮮烈から外されていた陰の人といわれる。
討ち入り本懐後、いちはやく亡君の奥方逌泉院の元へ注進した。
その後田辺の桑飼下村原谷に現れ、山口基左衛門家を訪れお茶を所望し、
自分の名を告げて出石へ行くといい残し立ち去ったという。
寺坂吉右衛門の足取り
綾部-志賀郷-西方-市原峠-市原谷(りくの弟の芦田与右衛門為直が住んでいた)
-小原-原(山口家)-宇谷-由良川を渡船で-地頭-大俣-辛皮-普甲峠-
加悦-奥藤-出石-出石街道-豊岡
以上、JA志賀郷での展示(雨引神社・揚げ松明資料展より)
この春に登った、市原峠のHPはこれです。
http://www.nbcayabe.com/toge/itiwara.htm
2004/12/07のBlog
[ 21:04 ] [ 山と峠と三角点 ]
JAの志賀郷支部で登尾峠・奥山の大蛇伝説と、舞鶴市城屋の雨引神社の揚げ松明展が開催中と、奥山・登尾峠に桜を育てる会代表の広沢直子さまから連絡があり行ってきた。
城屋から写真パネルなど借りられての取り組みで、23号台風のため志賀郷の文化祭は取りやめと、梅垣正一連合自治会長に聞いていた中での熱意のある取り組みであった。なお梅垣正一会長には、綾部作業所のフレアイバザ-ルでも一緒に電化・美術品の販売の世話になり、文化財を守る会の35周年にも参加いただいた。
新年度を前に地区婦人会の役員づくりに取組中との広沢様からの連絡。
「町づくりは人づくり」「人づくりはコミュニケ-ションの活性化から」組織活動は、欠かせないこれらの重要な要素だと思う。成功を祈ります。
2004/12/06のBlog
[ 10:51 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
[関連したBlog]
昨日のスポ-ツ指導員研修会(テニス他)で、会場入り口の自動販売機でスポ-ツ・ドリンク「アミノバリュ-」を買って会場に入った。すると大塚製薬の講師がおられ、研修受講者に1本宛「アミノバリュ-」を渡されていた。
この研修会は、大塚製薬特別協賛事業で、開講式のあと1番目に情報提供「大塚製薬」がある。スライドを使っての説明で、昨年と同じく「ポカリスェット」と並ぶ「アミノバリュ-」の説明であった。
運動中の筋肉疲労、脳の疲労回復に必要な必須アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)の分岐鎖アミノ酸(BCAA)の説明で、筋肉痛など多くのスライド資料を用いて説明された。一番前の席に座れた(到着受付順)ので、メモ代わりにデジカメで撮った。
終わってから、「やまあそ」様から連絡いただいた夏山でのドリンクの飲み方について講師さんに質問した。8本ぐらい持って上がり飲むが、口が甘くなり・・、水で割って持っていく・・。答えは、吸収しやすいように調合された電解質成分、濃度になっているので、発汗した水分の補給分を別々に、水と交互に飲めとのことであった。
お腹に入ってしまえば同じだと思いますが・・
2004/12/05のBlog
[ 18:55 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
京都駅の南にある京都府スポ-ツセンタ-で9時半から5時まで、日本体育協会のスポ-ツ指導員(テニス他)の研修を受けた。4年に一度の更新があり、更新ポイント4点が必要。日帰りで済む府県単位の研修会では、1ポイントしかないので、毎年受けなければならない。泊まりがけで全国規模の講習だと2ポイントになるが大変なので府の研修会を利用している。
午前中の講演は「測定に基づいたトレ-ニング計画の立案と戦略的実行」竜谷大学教授の長谷川 裕氏であった。いずれもパソコンとプロジェクタ-映写を用いての講演。
午後の講演は、「地域スポ-ツクラブづくりの考え方・進め方 生涯スポ-ツの意味から」 講師は大阪教育大学教授の赤松 喜久氏であった。
一番前の席であったので、メモの替わりにデジカメで記録を撮った。フラッシュ無しでも充分に撮れ、正面でなく少し正方形でなくなるが拡大してみれば充分に読めるので、デジカメもこんな使い方があることに気がついた。人に見せることも可能だ。
協会の競技スポ-ツの目的と、地域総合型の健康づくりスポ-ツが必ずしも一致しないこと。例えばスキ-競技も一般に普遍化して別にクラブに入らなくても行ける。指導者に付かなくても現地で間に合う。となってクラブが激減したように、テニスでも責任義務の伴う協会クラブは御免だ。気ままに遊べればよい。となってきている。
それが生涯スポ-ツの開始点でもあり、スポ-ツ人口の増加が見込める大都市と地方都市の差が出ているように思う。
2004/12/04のBlog
[ 16:17 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
ひょうたん(瓢箪)池 波田野記念碑の公園には瓢箪型の池がある。夏は誰が放すのか金魚や緋鯉が沢山泳いでいるが、冬場は緋鯉が2匹残るだけだ。底が浅いので寒そうに泳いでいる。
女の子が3人遊んでいた。寺山に登っていったので、こちらも登ったが随分足が速い、頂上に着いたときにはもう姿がなかった。上野登山口に下りたようだ。
2004/12/03のBlog
[ 22:24 ] [ 文化財を訪ねて ]
35周年記念式典に会員の片山・鐙さまが昔の研修旅行の記念写真を持って見え、会場に張り出しました。
スキャナ-撮りしてHPにしました。
http://www.geocities.jp/pbdmk569/kensyu/kirokupic.htm
古い記録写真の初提供です。
安国寺?、第10回氷上の文化、なすのよいち即成院の文字が見える3枚です。
25年前~30年前頃。
私の母や亡父、故木下礼次、故梅原三郎先生なども写っており、現存の方々も含め、皆様の何と若々しいこと!
2004/12/02のBlog
[ 17:00 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
南ガ丘:波田野記念碑一帯の高台を云う。波田野記念碑の参道、公園広場。
東に山の神神社、山の神の池。西に忠魂碑、千手院が広がる。
奥は寺山(201.2m)への登山口。途中から四つ尾山(287.3m)へ登る登山口がある。
参道の頂上、公園広場入り口に建つ「南が丘標石」から波田野記念碑を望む。
2004/11/30のBlog
[ 21:04 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の文化財を守る会の35周年記念式典が終了した。
HPのカラ-コピ-を張り出して展示した。パネル10枚分もあった。
2004/11/29のBlog
[ 17:08 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
千手院の薬師堂と四つ尾稲荷。
2004/11/28のBlog
[ 20:34 ] [ 福祉 あやべ作業所 ]
今日は午前10時から作業所グル-プの「ふれあいバザ-ル」のポランティアに行った。美術品と電化製品の販売担当になった。
作業者で作っている醤油、クッキ-などの売り場。売り子も仲間がやっている。
野菜の売り場
12時半まで満場のお客様がロ-プ前で待機して、一斉に売り場に殺到されるので、大忙しである。お金を受け取ったり、包装(袋)をして渡したり、両替に走ったり・・、値段を安くしてあげたり・・
これは衣類雑貨の売り場
タオル、石鹸の売り場も人が多く大変だ。行列で一人数くくり(あらかじめゴムでまとめてある)で売らないとだめなようである(輪ゴムを外して入れ替える人もあるので収拾がつかなくなってしまう)。タオルは、家族に病人などある人はいくらあっても足りないと言っておられる。
おもちゃの売り場
子供相手に親子の買い物で賑やか、楽しそうだ。
電化製品と美術品の売り場。電気器具は電源を入れて使えるか試す人もあった。
美術品もつぼなど殆ど売り切った。雛人形など大きなケ-スもあり、出し入れが大変なので完売できてよかった。高級な九谷焼や信楽焼き、有名作家の銚子など値打物を500円位で売るので、丹波焼きの窯元や展示館で並べてある陶器をみても値段感覚が狂ってしまう。もっとも数十万円はする最高級品については、全く別でそのクラスの品は出ていなかった。