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2006/11/21のBlog
[ 14:36 ] [ あやべの文化財 ]
もみじ祭りに先立って、諸国安国寺の筆頭・足利尊氏生誕の地、あやべ安国寺の国指定重要文化財である「木造釈迦如来及両脇侍坐像(3躯・
彫刻・南北朝時代)」「木造地蔵菩薩半跏像(1躯・彫刻・鎌倉時代)」を写真に撮りました。
下記は、綾部の文化財を守る会事務局長:四方續夫氏とのセッション記録です。
○S氏より撮影依頼メ-ル
11月7日(火)午前時10時安国寺へ駒札代金半額持参し、牧野寺総代に渡します。その節、指定重要文化財の諸仏撮影を要請しており、小生のデジカメでは心配です。綾部市資料館近澤館長へCDで渡す予定ですので、貴兄の良いデジカメで撮影をお願いできませんか?
○私からの返信メ-ル
京都国立博物館の見学中にちらっと専門家の美術撮影(仏像)の現場を目撃しましたが、当時は関心がなく良く見ませんでした。明日は、デジカメ、三脚、レリ-ズを持って行きます。銀塩カメラもありますがフィルムなしです。フラッシュを使うのでしょうか?
要するに普通に撮るしか方法も経験も皆無です。近澤館長様にそうした美術品撮影の手引き書、講習会、実地見学などの機会の有無を聞いておいてください。でないと後で使い物にならないのでは?印刷用の写真とHP用(記事)の写真とは、次元が違うと思います。
○撮影後の連絡メ-ル
安国寺お世話になりました。
(a):手ぶれ補正レンズを使い撮影しました両脇侍仏(文殊・普賢菩薩)をはじめ、斜め横から撮りました仏像、産着など殆ど全滅でした。思ったより暗く長時間露出になりました。やはりしっかり三脚を据えて撮らないと駄目でした。内蔵ストロボでは距離があり届かず、大型のフラッシュが必要なようです。ただそうなると影が際だつので、ソフトなライトアップがベストのようです。内蔵ストロボを使った写真の方が少し金色が増し暖かみのある感じになりました。どちらを採用するか悩むところです。この写真はフラッシュなしの方です。(b):小型カメラの撮影の方はまあまあでした。
次回に撮るときは、この失敗から学べそうです。やはり実地経験不足でした
下記は、綾部の文化財を守る会事務局長:四方續夫氏とのセッション記録です。
○S氏より撮影依頼メ-ル
11月7日(火)午前時10時安国寺へ駒札代金半額持参し、牧野寺総代に渡します。その節、指定重要文化財の諸仏撮影を要請しており、小生のデジカメでは心配です。綾部市資料館近澤館長へCDで渡す予定ですので、貴兄の良いデジカメで撮影をお願いできませんか?
○私からの返信メ-ル
京都国立博物館の見学中にちらっと専門家の美術撮影(仏像)の現場を目撃しましたが、当時は関心がなく良く見ませんでした。明日は、デジカメ、三脚、レリ-ズを持って行きます。銀塩カメラもありますがフィルムなしです。フラッシュを使うのでしょうか?
要するに普通に撮るしか方法も経験も皆無です。近澤館長様にそうした美術品撮影の手引き書、講習会、実地見学などの機会の有無を聞いておいてください。でないと後で使い物にならないのでは?印刷用の写真とHP用(記事)の写真とは、次元が違うと思います。
○撮影後の連絡メ-ル
安国寺お世話になりました。
(a):手ぶれ補正レンズを使い撮影しました両脇侍仏(文殊・普賢菩薩)をはじめ、斜め横から撮りました仏像、産着など殆ど全滅でした。思ったより暗く長時間露出になりました。やはりしっかり三脚を据えて撮らないと駄目でした。内蔵ストロボでは距離があり届かず、大型のフラッシュが必要なようです。ただそうなると影が際だつので、ソフトなライトアップがベストのようです。内蔵ストロボを使った写真の方が少し金色が増し暖かみのある感じになりました。どちらを採用するか悩むところです。この写真はフラッシュなしの方です。(b):小型カメラの撮影の方はまあまあでした。
次回に撮るときは、この失敗から学べそうです。やはり実地経験不足でした
○S氏よりの返信メ-ル
7日はご苦労様でした。とりあえず「綾部の文化財日誌」には小生撮影のもので入力しております。文は良いと思ってますがチェックも出来てません。貴兄が以前取られた安国寺とリンク宜しくお願いします。貴兄の撮られた良い写真と入れ替え登録願います。
尚、研修旅行の募集は締め切っておりますので、この欄へ「諸国安国寺の筆頭・綾部の安国寺もじ祭りは11月18日(土)開催・請うご期待」等の題でバー(綾部市資料館第14回特別展)のように入れていただけませんか。綾部を売り込みたいのです。
○私からの返信
安国寺の釈迦三尊のバックに、掲示板の紅葉よりも日誌の方の赤い橋のある紅葉をあしらいました。モニタ-のサイズにもよりますが、17インチ・モニタ-では、きっちり決まっています。最高のHPのTOPペ-ジになりました。
○S氏からの連絡
関係各所へ貴兄の入れられた仏像のホームページを渡したところ、プロ並で誰の撮影かよく訪ねられます。ホームページ委員長のNさんだと本名を言っております。又、医王寺の国重文にも撮影をお願いしたかったのですが、余りにもと思い、小生のカメラで撮り部分修正をして頂き感謝します。
○私からの返信メ-ル
Sさま。>プロ並で・・なんてとんでもありません。自然光で撮った方のが格調があって良かったようです。内蔵フラッシュを使った方はやはり金色が少し強くなり、暖かみが出ましたが、自然光とどちらを選ぶか迷いました。内蔵フラッシュでは、あの距離では充分に届かないので、もっと大型のストロボが必要かと思いますが、影が出来ると不味く、きつい感じになると思います。京都国立博物館で見かけたように複数の照明灯を用い、さらに反射板まで使ったり、白沙を使ったりして、専門家は光線の当たり方を工夫されているようです。
手ぶれ防止レンズなので、両脇侍をフリ-ハンドで撮りましたが見事失敗でした。やはり暗いところのスロ-・シャッタ-には、三脚が必要と思います。小型カメラの方なら撮れたと思いますが、時間が無く使いませんでした。失敗でしたが今後の撮影の良い勉強になりました
7日はご苦労様でした。とりあえず「綾部の文化財日誌」には小生撮影のもので入力しております。文は良いと思ってますがチェックも出来てません。貴兄が以前取られた安国寺とリンク宜しくお願いします。貴兄の撮られた良い写真と入れ替え登録願います。
尚、研修旅行の募集は締め切っておりますので、この欄へ「諸国安国寺の筆頭・綾部の安国寺もじ祭りは11月18日(土)開催・請うご期待」等の題でバー(綾部市資料館第14回特別展)のように入れていただけませんか。綾部を売り込みたいのです。
○私からの返信
安国寺の釈迦三尊のバックに、掲示板の紅葉よりも日誌の方の赤い橋のある紅葉をあしらいました。モニタ-のサイズにもよりますが、17インチ・モニタ-では、きっちり決まっています。最高のHPのTOPペ-ジになりました。
○S氏からの連絡
関係各所へ貴兄の入れられた仏像のホームページを渡したところ、プロ並で誰の撮影かよく訪ねられます。ホームページ委員長のNさんだと本名を言っております。又、医王寺の国重文にも撮影をお願いしたかったのですが、余りにもと思い、小生のカメラで撮り部分修正をして頂き感謝します。
○私からの返信メ-ル
Sさま。>プロ並で・・なんてとんでもありません。自然光で撮った方のが格調があって良かったようです。内蔵フラッシュを使った方はやはり金色が少し強くなり、暖かみが出ましたが、自然光とどちらを選ぶか迷いました。内蔵フラッシュでは、あの距離では充分に届かないので、もっと大型のストロボが必要かと思いますが、影が出来ると不味く、きつい感じになると思います。京都国立博物館で見かけたように複数の照明灯を用い、さらに反射板まで使ったり、白沙を使ったりして、専門家は光線の当たり方を工夫されているようです。
手ぶれ防止レンズなので、両脇侍をフリ-ハンドで撮りましたが見事失敗でした。やはり暗いところのスロ-・シャッタ-には、三脚が必要と思います。小型カメラの方なら撮れたと思いますが、時間が無く使いませんでした。失敗でしたが今後の撮影の良い勉強になりました
2006/11/03のBlog
[ 19:18 ] [ あやべの文化財 ]
[ 14:08 ] [ あやべの文化財 ]
[ 08:13 ] [ あやべの文化財 ]
2006/11/02のBlog
[ 19:58 ] [ あやべの文化財 ]
Q:四方續夫(綾部史談会古文書研究会)さま
小畑やっこ振り、三之宮神社の屋台に掛けられていた後ろ幕です、読んでください(添付写真参照)
文久三葵亥仲春寫 干 年七十二 (花押印)
としか読めません。宜しくお願いいたします
A:四方續夫綾部の文化財を守る会事務局長より
小畑の屋台の龍の絵に有ったものですね。之は山家藩お抱え絵師の本名「長谷川素后(はせがわそごう)が文久三(1863年)発亥(みずのとい年)仲春(ちゅうゅしゅんと云う字(あざな)描
干O(其時)Oは候(そうろうの崩し文字)年72歳でそうろう(72歳でありました。長谷川をぬいて)素后と署名してあるのです。
この人は多くの掛け軸や屏風を描いた人です。私の書いた広小路羽室家の展示では長谷川素后の軸屏風が目立つ。と書いています。200円払い、是非3回ぐらい見ると其の趣がわかります。小生今日も、史談会の後、羽室功一氏、近澤館長の案内で又、見ました。後半に壷や皿等を入れ替えられるので又見ます。
小畑やっこ振り、三之宮神社の屋台に掛けられていた後ろ幕です、読んでください(添付写真参照)
文久三葵亥仲春寫 干 年七十二 (花押印)
としか読めません。宜しくお願いいたします
A:四方續夫綾部の文化財を守る会事務局長より
小畑の屋台の龍の絵に有ったものですね。之は山家藩お抱え絵師の本名「長谷川素后(はせがわそごう)が文久三(1863年)発亥(みずのとい年)仲春(ちゅうゅしゅんと云う字(あざな)描
干O(其時)Oは候(そうろうの崩し文字)年72歳でそうろう(72歳でありました。長谷川をぬいて)素后と署名してあるのです。
この人は多くの掛け軸や屏風を描いた人です。私の書いた広小路羽室家の展示では長谷川素后の軸屏風が目立つ。と書いています。200円払い、是非3回ぐらい見ると其の趣がわかります。小生今日も、史談会の後、羽室功一氏、近澤館長の案内で又、見ました。後半に壷や皿等を入れ替えられるので又見ます。
[ 16:00 ] [ あやべの文化財 ]
[ 08:06 ] [ あやべの文化財 ]
2006/11/01のBlog
[ 21:58 ] [ あやべの文化財 ]
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