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なべちゃんの散歩道
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ジャンル:あやべの文化財
Blog数:535件
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2006/01/07のBlog
[ 13:24 ] [ あやべの文化財 ]
山家城址・武家屋敷・覚応寺の金剛力士像について2
(2)谷氏館跡(現在の城址公園一帯)
 谷衛友(もりとも)が天正十年(1582)秀吉より丹波國何鹿郡の内、一万六千石をもって山家郷に封ぜられたに始まる。此の内訳は奧上林、口上林、山家、東西八田、位田、吉美、志賀郷、と何鹿郡内全域の山からの運上金であった。知行目録は「山家資料館」にある。 
 この地は上林を通っての若狭ルートと横峠を経ての丹後ルートの合流点であり、丹後から京に通じる主要道路を扼する戦略上重要な地点であった。
 その城構えを見るに、上林川、和知川を外堀とし、西側は上林川からそびえ立つ急斜面であり、敵襲のとき逆茂木とするため樫の木が植えられていた。その一部は今も西北の隅に残っている。北側は空堀を堀り、高い石垣を巡らしている。東側は石垣の外に上林川に通じる二本の堅堀を備えている。 
 当時の武器をもってしては難攻不落の要害であった。
2006/01/06のBlog
[ 13:19 ] [ あやべの文化財 ]
山家城址・武家屋敷・覚応寺の金剛力士像について1
山家資料舘々長・常任幹事 塩見光夫
(1)左衛門屋敷跡
広瀬町伊也神社から徒歩約30分、甲ヶ峯の頂上にあり、戦国時代和久左衛門佐の居城跡である。屋敷跡、空堀跡、和久氏の氏寺であった照福寺跡がある。
 現在は桧の植林地となっており視界は遮られているが、以前は遠く綾部の町並みまで見渡せる一大パノラマが開け、眺望絶佳であった。明智光秀が丹波を平定した時、城の破却を命ぜられたが、和久氏は寺であるとして応じなかったため追討され、和久氏は滅亡した。天正八年(1580)六月照福寺は、その後、馬場町に移り、さらに現在地の鷹栖町小丸山三三に移った。照福寺は代々和久氏を名乗っている。
2006/01/04のBlog
[ 19:54 ] [ あやべの文化財 ]
大原の産屋
帰りの車中で家内と「誰か地元の勇気のある女性が実際に、この産屋で出産されれば、凄い村おこしきじになるのだが」と話した。今時の日本では自宅出産も恐らく行われないのでは、ホテルのような整った産院で、至れり尽くせりの出産が当たり前。
でも一昔前はこの産屋での出産があったから、産屋が残っているのでは?勿論、衛生上の万全の対策をきちんとやり、救急車や医者にも待機して貰っての「産屋出産」である。全国の報道機関が取材に集まり、世紀の出産報道が行われるのは間違いがない。ジャングルのアマゾン、南洋諸島ならいまでも産屋出産があるのでは。
生まれた子供は、すえながく大原の宝、申し子として人望を担って成長するであろうし・・・と馬鹿な話しをしている内に池に帰り着いた。
全国に産屋はたくさんある。何処かで産屋出産の勇気ある女性があったのかも・・と思う。
大原村落を流れる川の右岸の平地に産屋がある(R123に挟まれた平地の川側)。左手奧に大原神社の巨木が聳えている。その付近一帯の高台が大原神社境内。
大原神社絵馬堂
絵馬堂の中の絵馬の一枚。
三和町指定有形文化財
大原神社絵馬35点
慶長四年(1599)
奉納の神馬図2面をはじめ、生業図、風景図、句額、弓術額などがある。三和町教育委員会
京都府指定文化財
大原神社 末社 水門神社本殿(江戸時代)京都府教育委員会
[ 19:35 ] [ あやべの文化財 ]
大原神社拝殿の欄間の彫り物
大原神社本殿(向かって左面)
火防の社 火之神神社
大原の大杉 樹齢:約700年、幹周:8m
七社
祇園社:素戔嗚尊(すさのおのみこと)
木神社:久々能知命(くくのちのみこと)
若宮:若宮比売命(わかみやひめのみこと)
八幡宮:譽田別命(ほんだわけのみこと)
そう神社:宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)
?山媛社:植山比売命(はにやまひめのみこと)
飛瀧峯社(ひろうほうしゃ) 祭神:鮭魚化神(さけのけしん)
大原神社、此の池に御遷座の時、此の山裾を流れる水門(みなも)の淵に鮭魚浮び出て、吾此の水底に住みて、此の山を守ること数千年、此の山嶺に白和幣(にぎて)青和幣ありて、常に光を放つ。実に大神の鎮まり給うべき霊地なりと申し、此の地に悪しき事あるときは、鱒現れ、又、不浄のことあれば、鮭魚浮かび出る伝え、齋き祀りて飛瀧峯明神と号す。
関連:綾部に伝わる杵の宮伝説
五社
恵比須神社:事代主命(ことしろぬしのみこと)
玉政権現:磐筒男神・磐筒女神(いわづつおのかみ・めのかみ)
大河大明神:?象女神(みづはのめのみこと)
稲荷大明神:倉稲魂大神(くらいねみなのおおかみ)
牛王神社:小童命(おわらべのみこと
2006/01/03のBlog
[ 16:49 ] [ あやべの文化財 ]
親馬鹿の極致かもと思いながら、末娘夫婦の懐妊を祈願するために、肋骨骨折5本の傷みに耐えながらの家内を乗せて、R173質山トンネル向こうの三和町大原村の大原神社(安産祈願で知られる)まで足を延ばし参拝してきた。長女、次女とも、この神社に安産祈願を懸け、合わせて男子四人をもうけている。田野町の松寿苑に母の見舞いもかねてで、丁度一山向こうに当たる。
大原神社本殿
神社の横の急すぎるぐらいの坂を登ると駐車場がある。初詣の参拝者で賑わっていた。若い夫婦連れ、赤ちゃんを抱いた夫婦(お礼参り)も見られる。
一寸した雨模様の参拝。
参拝風景。
安産祈願には受付で申し出ると、祭殿に上がり宮司の祈祷を受ける。帯などの安産のお下がりをいただく。両親の同行参拝も歓迎される。
今回は参拝だけにした。家内はお神籤を引き、大吉だとおお喜びしていた。
今年は戌年である。大きな犬の夫婦の石像が置かれていた。犬は多産・安産の象徴かも。
[ 11:47 ] [ あやべの文化財 ]
絵馬がかけられていた。
八幡宮本殿のうらをまわると沢山の社が祀られている。
猿田彦神・大物主神・大山祇神、天照皇大神宮
八幡宮石段
八幡宮石段について
此の石段は、天保六巳未年八月寄進と刻んだ石柱を留める外、由緒を詳らかにすることは出来ません。過去を推し量ります所、創祀以来の氏子である井倉在中の人々が勧進せられたものと思われ、既に春秋165年を経過し風化が進んでおりますが、古色蒼然趣も床しく椎葉の滴に濡れる青い石段に、先祖の足跡が刻まれていることを創祀するとき、懐古の情を禁じ得ません。
綾部八幡宮の東を綾部中学校に向かうと滝神社がある。
帰りに加迫(かさこ)神社に寄った。
加迫神社(綾部市西神宮寺町加迫に鎮座)
縁起:天地万有を育成せられた祖神「天御中主大神」を祭神とし、綾部藩主九鬼公も深く崇敬され、地方の守護神とし、事業繁栄、総ての災厄の免除、五穀豊穣、武運長久、家内健康安全、心願成就の神(一説には勝負の神様)として、ご加護賜り、参詣者が多い。
2006/01/02のBlog
[ 20:54 ] [ あやべの文化財 ]
元旦の綾部八幡宮大鳥居
綾部八幡宮本殿
八幡宮
 御祭神 応神天皇、仲哀天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰
当社は、治承年中、小松内大臣平重盛卿の勧請創建なる・天正年中宝蔵焼失し、宝物録記等由緒悉く鳥有に帰し祥ならざるも、領主平重盛卿の寄進せし扁額字今に存す。
 寛永十癸酉領主九鬼式部少輔隆季殊に尊崇し氏神となし爾後累代の崇敬篤く社領什宝等の寄進あり
明治4年7月太政官達郷社規則に依り郷社に列せらる
大正3年神饌幣帛料供進神社に指定せらる
釆女稲荷神社 ・ 豊受姫大神 ・ 御剣大神 家業繁栄 家内安全御守護
寿を売る福娘
たき火を囲む人々
2005/12/29のBlog
[ 11:27 ] [ あやべの文化財 ]
関西花の寺二十五ヶ寺第二番
近年富みに訪れられる「花の寺」として、3月の椿、4月中・下旬のミヤマツツジ、7~8月のハスの花等四季折々の花が楽しめます。
楞嚴寺の四季
 春は桜につ丶じ花
 夏は池中の蓮かおり
 秋は紅葉に彩りて
 冬は白光四季の楞嚴

尚、境内の三古木、「綾部の古木名木100選」に選ばれ、緑の文化遺産と言われています。
1、椿(樹齢400年、正面横にあり、白・ 赤・ピンクの咲き分です。
2、菩提樹(樹齢約500年、初夏に白い花が咲き、球形の実が生る。大きいと数珠にできる。)
3、さるすべり百日紅(樹齢約400年、一株から初代、二代、三代の移り変わりがわかります。)
楞嚴寺住職 為廣哲堂
(注)庫裡の「長井一禾」の「四季の鴉」の絵を見たい場合は、是非電話にて予約を入れて下さい。内部参拝の「志納料」は個人で三百円、団体で二百円見当です。
 綾部ICを下り、豊里小学校横の道から大型バスも入ります。
りょうごんじ楞嚴寺電話番号:(0773)ー47ー0043/FAX:(0773)ー48ー0995
[ 11:11 ] [ あやべの文化財 ]
水子地蔵尊
 「生命尊厳」の仏教教理に基づき、水子の霊をなぐさめるため昭和54年(1979)春、檀家・信徒の浄財により建立された。「全国水子供養寺八十八ヵ所」のひとつにも数えられている。

寺宝「絹本著色不動明王像」(国重文・鎌倉時代作の絵)「楞嚴寺縁起」、「敷地紛失状」(は共に室町時代>)、「大般若写経」(平安から桃山時代の181巻)は綾部市指定文化財である。
[ 09:48 ] [ あやべの文化財 ]
[関連したBlog]
日限地蔵尊(ひぎりじぞう)
 日数を限って様々な願いをかけると不思議にかなえられることから「たち舘の日限地蔵さん」として広く知られている。
不動明王像
 本堂横の建物の中に、弘法大師,役ノ行者、白衣観音と共に祀られている。毎年初弘法の1月21日には、その前の広場で「柴燈大護摩祈願」が盛大に行われ、沢山の参拝者でにぎわう。
宝筐印塔
日限地蔵堂前にあり、永正八年(1511)の銘があり、かなり風化しているが頂上の九輪石は他の石に変わっているが、その窪みに溜まっている水を身体にぬると御利益があると伝えられ、すくい取ってしまっても、後に不思議に溜まっていることから霊水として信仰を集めている。
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