私のコンピュ−タ−事始め
 私は理屈屋なんでしょうか。子供の頃によく親から「またへこ理屈をついている」と云われたのを覚えています。大学の一般教養の自由選択科目で、記号論理学と言う単位を取りました。
 「いつも嘘を付くうそつきのつく嘘は、うそかほんとうか」という反論理や三段論法、背反相律の問題を記号を用いて記述する学問だったと思いますが、全く面白くもない授業でした。ところがなんと、テストに全問正解したらしく、文系の多い受講生の中で最高点の成績を貰いました。
 コンピュ−タ−のプログラムは、ある意味ではコンピュ−タ−言語を用いておこなう論理記述です。AND、OR、NOT、XORの概念は勿論ですが、言語の文脈も僅かな命令語で記述するだけです。その中に変数という概念を駆使して変数の受け渡しを上手く行うと、いろいろな仕事を行うプログラムがつくれます。
 私は、BASICという一番簡単なプログラム言語を使っています。その始まりは例により、新しい物好きの叔父が、NECのPC−8801というコンピュ−タ−を買い、どうにも使えないのでお蔵にしていました。一方で会社の納品書をコンピュ−タ−処理で発行しようと思い、参考書を求め取りかかりました。
 始めは全く分からず、厚い壁のこちら側で迷っていました。それでゲ−ムでも何でも、とにかく書かれているプログラムを作って、動かしている内にいつか、全面突破といいますか、厚い壁を通り抜け向こう側にいる事に気が付きました。分からないことを自習で理解する方法の一つは、分からないままでも、ある程度情報量を蓄積すれば、解るということです。
 叔父は、舞鶴のコンピュ−タ−教室に通い学習しましたが、その当時は、コンピュ−タ−を自分の物にできた人は、数パ−セントに過ぎないと云われています。
 当時は、情報処理をするメモリ−が少なく(128Kバイト)文字入力を間違えてもそのままで確定させ、後で訂正すれば無難ですが、入力の途中で訂正を繰り返すとコンピュ−タ−がハングアップ(フリ−ズ)してしまい、リセットするしか処置無しになる状況でした。作った文章を保存する、ファイル操作を部分的に学習せず、テキスト通り全部できてから保存するようなことでしたから、何回やっても次段階の学習に進まず、リタイヤを余儀なくされたわけです。
 現在は、ワ−プロなどアプリケ−ション・ソフトも進歩し、誰でも使えるようになっています。
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猿でもわかるコンピュ−タ−
 今日のコンピュ−タ−は高性能になり、話題のWINDOWS98、インタ−ネットの時代です。ワ−プロなどのアプリケ−ション・ソフトの日本語変換も進歩して、誰でも使えるようになりました。
 当クラブの会員であった故梅原三郎先生は、歴史研究の講演原稿づくりに、上手くワ−プロをお使いになっておられました。初めてお伺いしたときは、Aキ−を押されると、ああああ・・・と連打され、「先生、ピアノタッチです」の状態でしたが、すぐに上達されました。歴史上の人物や用語は当然、当用漢字の変換になく、JISの第2種の特殊漢字でも出ないものが多くあり、常に大冊のJIS漢字コ−ド表を使われたり、文字を偏と旁から合成されたり、普通私達がしないご苦労をされていました。
 「猿でもわかるコンピュ−タ」というシリ−ズの学習書があります。先生からインタ−ネットもしたいと言われ「先生、猿でも分かると書いてありますから」と申し上げますと、「わしは猿にも劣る」とジョ−クを云われていました。
 それでも先生は、最新のペンチアムという高性能で、WINDOWS95を組み込んだ2台目のコンピュ−タ−を買われ、インタ−ネットやマルチ・メディアにも挑戦されていました。その努力に頭の下がる思いがしました。
 私の会社の売上などの営業伝票処理は、私の作ったプログラムを使っています。最初、福知山のソフト屋さんがシ−ケンシャル・ファイルを扱う、プログラムを持ってきましたが、全く使い物になりませんでした。それで、どこからでもデ−タの引き出せる、ランダム・ファイルという形式で、得意先(500件程)と製品(3000件程)のリストをつくり、コ−ド番号を入れると、そのデ−タが引き出せるようにしました。
 売上伝票(納品書)は、この得意先と製品のリストを参照して、年月日、数量などを追加した、ランダム形式のファイルです。請求書はさらに残高ファイルなどを参照して発行します。
自分で作ったプログラムは簡単に組み直して、必要な集計をその都度自由に処理できるので非常に便利です。BASIC言語ですが、DOS変換して、EXEタイプのプログラムにし、複数のコンピュ−タ−を連結して、WINDOWS95上で走らせていますが、プリンタ−がNETに対応できないのが難点です。