瀬戸(391.19m) 高内   市境三角点    あやべ 里山散策  四つ尾山の四季

 黒谷和紙の福田様から紹介を受けた八代町の岡本様に電話を入れる。苗代づくりに八田に出る予定だが待っていて下さるとのこと。車を走らして浦島神社前で岡本様に出会う。直ぐ前のお宅の縁側で、山地図を拡げてお話を伺った。
・点の記に登山口とある家は、その時の自治会長名で、それでは浄水場のある違う谷になり、書き間違ったのでは。
・昔は上まで田畑があったが現在は植林されて登山口が分かりにくいとのこと。
・八代境の境界標柱が稜線の上にあること。
・浦島神社前の二つの岩から蓮華寺峠の権現さんを拝むとのこと。
・この八代の山上にも、平家の落ち武者の「キラレ」があるとのこと。
・安倍貞任(さだとう)・宗任(むねとう)兄弟が前九年の役(1051年)で源頼義に敗れたが、真倉の不動さんがここの裏になり、そこから宗任は落ちのびてこの地で死んだという伝承があり、八代神社に祀られているとのこと。
・黒谷と八代境の両端の家屋敷から境界線を計ると、八代側が広く、早くから開けたのではないか(福田はじめ様説)
・先日の志賀郷和会の花見ハイクと登尾峠のことを話すと、舞鶴の城屋に話しかけたが関心がなかったことなども知っておられた。

 登山口に見立てたところを登り始める。高みまで畑があり、さらに薪づくりで道がしっかりついている。はずれから樵道を登り始める。振り返ると八代の家々が見えるので写真を撮ろうとして、車に忘れたことに気がついた。またもやの大失敗!
登り詰めると樵道もなくなり、右へ振りながら樹木間を上がり稜線に辿り着いた。
まだ支尾根で道が何とか通っている状態、北西に進路を取り市境の主尾根に出る。
 主尾根はかなり良い山道だが倒木や下生えが混じる。そのまま真っ直ぐ北上する。最初の鞍部が最も深かったが、何カ所も細くなった鞍部を越す。行く手の前方左に目的地の△瀬戸が見える。長い尾を引いて雉が山道を駆けていった。
 頂上手前でも側道に入ってしまい、稜線までまた樹木間を登る。やっと標点:瀬戸に辿り着く。
 コ−ス距離1.5kmであった。摩滅して「界」の字だけが読める境界標柱が、三角点標石から1mの所に立っていた。下山コ−スを間違えてしまい樹木間を降り、林道奥の曲がり角近くで谷を渡った。

 帰りに黒谷の和紙会館に寄り、福田様に礼を言う。京都から8名の観光客が来られており、並んだ記念写真を撮ってあげた。
自宅に帰ると、奥山・登尾峠に桜を育てる会の広沢様から、冊子「花の友」に掲載された記事が届いていた。
道端のしゃが 用水池に駐車 八代の風景 和紙会館
和紙会館前のこうぞ 冊子「花の友」 守っていきたい緑の山・・ 桜を育てる会の記録掲載